セザンヌは自然をこう視た 19.『リンゴとオレンジ』の魅力は支離滅裂さに由来する

『リンゴとオレンジ』を掲げるのはこれで三度目となったろうか。

それにしても、他ならぬこの絵が、現実「空間」として捉えると「不安定」この上ないにもかかわらず「平面」として捉えれば「安定」した構成をしているとはどういうことか。そして、「不安定な現実空間」と「安定した平面構成」とは、互いにどのようにはたらきあって一枚の精妙な作品をつくっているのか?

その答を、ポイントをしぼって短く言えば次のようになるだろう。

こぼれ落ちてしまいそうなリンゴとオレンジたちは、“V字”に垂れたクロス左側の力強いラインによって支えられ、しっかりとその落下をくい止められている。そのことは、そのクロス左側のラインが、画面の左上のカーテンのかたちづくる“逆V字”に連動することで、いっそう強まっているように感じられる。とすれば、この絵は、果物たちがこぼれ落ちんばかりの「不安定な空間」を強く求めている一方で、果物たちの落下をくい止めるような「安定した平面」を強く求めてもいる!

セザンヌのいくつかの絵は、「大変に構築的でありながら、破綻している」と、もしかしたら感じたことがあるかもしれない。

要するに、ここでは、モティーフの「空間の歪み、不安定感」が大きくなればなるほど「平面の秩序、安定感」が強く求められ、逆に「平面の秩序、安定感」が厳しくなればなるほど、ますます「空間の歪み、不安定感」が著しくなる、といったふうなのだ。「不安定感」と「安定感」とが、ともに強く主張しあいながらも、互いのエレメントを引き立て合って共存している。

さて、このようにみてくると、この『リンゴとオレンジ』は、「果物たち」のみ注目してみても、これまで述べてきたようなトリッキーな“矛盾”の上を歩かされている。そうした“矛盾”から独特の緊張が生まれ、そこから、この果物たちのはちきれそうな充溢感が放射されて作品が出来ている。その“矛盾”、その“支離滅裂さ”が、この絵の魅力を生み出しているのだ。

僕は、こうした“支離滅裂さ”のなかに、セザンヌの「平面」に対するこの上ない愛情さえ感じる。というのも、ここでは、「不安定な現実空間」を「安定した平面構成」に変容させる手腕―そうした彼のしたたかな技術とセンスが遺憾なく発揮されていて、彼の平面作家=画家としての面目を、何より強烈に感じずにいられないからである。

リンゴとオレンジ 1895-1900

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