セザンヌは自然をこう視た 22.『赤いベストの少年』にみる遠近法の強調

さて、『赤いベストの少年』が、なぜ、「平面的でありながら空間的」か、ということだった。本当は、この話を先にするはずだったのに、なぜか、「長い腕」の理由が先になってしまったが…。

赤いベストの少年 1890-95

以前も述べた様に、この絵では大雑把に言って、ふたつの異なった視点が一枚の平面上でいわば“切り張り”されている。後のパピエ・コレ(紙張り)などのコラージュ(糊付け)技法を予告しているかのようにも感じられるが、そのせいか、画面はひどく「平面」的な印象を与えている。そこで、絵の奥行き感を表現するため、画家は、空気遠近法を強調する必要が生じた。

知っての通り、空気遠近法というのは、“空気感”の表現によって遠近感を出そうというもの。例えば、遠くはぼやかし、近くはコントラストを強くする、などの他、(後退して見える色である)ブルーを遠くに多用し、(飛び出して見えることの多い)暖色系―赤みがかった色やオレンジがかった色―を近くに多用する、といった技法のことだ。

(両腕を載せた面の輪郭である)右上がりのラインを不自然に立ち上げ、本来のパースペクティヴ(=線の遠近法)を歪ませたのだから、残されたもうひとつの遠近法である空気遠近法に頼るしかなかった、というふうにも言えるのだろう。

事実、この『赤いベスト』でも、遠くの壁では空気の厚みを示す「ブルー」が多用され、逆に近くは輪郭が強烈になっている。 

たとえば、両腕を見比べてみよう。遠くのひじをつく左腕と近くの右腕を。

すると、遠くの腕がその付近のバックの壁・空気の「ブルー」に溶け込まされているのに対し、近くの腕は、何とコントラストが強く、何と長く大きくかかれていることか…!

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