木俣創志 作品集 |KIMATA SOUSHI WORKS

セザンヌは自然をこう視た 34.眼線の集中するスポット

サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール 1904-06

山の見える雄大な風景。

私たちがそんな風景を前にしたときの「眼線の動き」こそ作品の重要なテーマである、と仮定して、最晩年のヴィクトワール山・シリーズを眺めている。

では、もう1枚。

この『サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール』も同じ時期の作品。それにしても、色彩のさわやかさがとても印象的!

さて、この絵で“眼線の動きが最終的に収斂していく”スポットはどこだろう?

―画面周辺(の木々)がぼやかされ、当然、画面の中央に眼がゆく。

さらに詳しくみてゆくと、まず、明るくかかれた「山頂と空」の辺り。そして、青系のなかにポツンと反対色(=補色)のオレンジ色に輝く「建物」。このふたつにとくに眼がゆく。つまり、この絵では「眼線の収斂するスポット」がふたつあるのだ!

(この風景に臨んだセザンヌの眼線は、ヴィクトワール山と同じくらい建物の輝きに魅せられていたのでは…?)

ところで、その「ふたつのスポット」は、異なる筆遣いによって微妙なニュアンスの違いが与えられている。 輪郭線を手がかりに、それをみていきたい。

まずは「山頂と空」の方から。「山頂」は ―“岩山”であるのか、それとも空気の厚み(距離感)を示しているのか― 「空」とほぼ同じ色合の明るいブルーのトーン。しかし、しなやかに引かれた淡い輪郭線があるので「空」との境が判別できる。

一方、「建物」の方は ―近くにあるせいか― クッキリ光るオレンジ色を、シャープで幾何学的な輪郭線(陰?)がクッキリ画している。

つまり、「山頂と空」では同系色を区切る優しく柔らかな輪郭線が使われ、逆に、「建物」では反対色を区切る強く硬い輪郭線が使われている。空気遠近法の応用だ。

さて、このようにみてくると、この絵は「明暗のコントラスト」によって「山頂と空」に眼がいくようにかかれ、一方、「色のコントラスト」によって「建物」にも眼がゆくようにかかれている。そして「両スポット」は、異なった筆遣い・ニュアンスを与えられたために、対照的な視覚的興味を呼び起こし互いを引き立て合いながら、広大な自然空間のなかで互いが遠い距離に位置していることをも暗示している ―のみならず、総じて、この作品の魅力の核をかたちづくっている、と考えられてくる。

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